制御工学の理論
2019/06/20 うつせみ
感覚器官からの信号は、言語文法上は形容詞を使って表現されています。
従って、形容詞の構造は、認識の対象になっている信号のコントラストと密接な関係にあります。
信号のコントラストは、『明るい。暗い。』のように、相反する2つの言葉のセットで表現されています。この形容詞は、情報処理の程度によって、いくつかに分類されます。
8.10 形容詞と信号のコントラスト
感覚器官から脳に流入した信号は、言葉を持った人間の場合、言語文法上は形容詞を使って表現しています。
我々動物は、信号のコントラストを認識の対象としていますから、この形容詞も、この信号のコントラストと密接な関係を持っています。
信号のコントラストは、両端から構成されていますが、形容詞も同様に両端から構成されています。我々は、明暗のコントラストで形を認識していますが、形容詞も『明るい。暗い。』のようにコントラストで構成されています。この言葉のコントラストで運用されています。
コントラストの両端と形容詞 |
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認識の対象は、コントラストの両端から構成されています。 この信号のコントラスト(認識の対象)を、両端を表す2つの言葉の組みで表現しています。 明暗のコントラストは、『明るい。』という形容詞と、反対語の『暗い。』という形容詞のセットで運用しています。 |
この形容詞を詳細に観察すると、感覚器官との結びつきの度合いによって、いくつかのクループに分類できます。
特定の感覚器官と強く結びついた形容詞から、複数の感覚器官に跨って使用される形容詞、感覚器官との直接の結びつきを失った形容詞まであります。
情報処理の程度によって、下記の4つに分類されます。下にいく程、情報の加工(処理)が進んでいます。
形容詞の分類 | |||
---|---|---|---|
分類 | 説明 | 形容詞 | 反対語 |
第1段階 | 特定の感覚器官と結びついた、反対語をもたない原始的形容詞 | まぶしい | まぶしくない |
第2段階 | 特定の感覚器官と結びついた、反対語とのセットで使われる形容詞 | あかるい | くらい |
第3段階 | 複数の感覚器官に跨って使用される形容詞 | 高い | 低い |
第4段階 | 感覚器官との結びつきを失った高度に抽象化された形容詞 | いい | わるい |
8.10.1 第一段階:原始的な形容詞
第一段階は、最も原始的な形容詞です。反対語をもたない形容詞です。
最も原始的な形容詞は、ある特定の感覚器官と強く結びついて、信号がON,OFFの状態を表現しています。この形容詞は、反対語をもっていないことが特徴です。情報処理(信号の加工)も、まだ、ほとんど行われていません。感覚細胞からの信号そのままです。
第一段階の原始的な形容詞の特徴 | |
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No | 特徴 |
1 | 特定の感覚器官と強く結びついている。 |
2 | 反対語を持っていない。 |
3 | 信号の加工(情報処理)が、ほとんど行われていない。 |
例えば、『痛い』という形容詞は、痛覚刺激と強く結びついています。痛覚刺激がある状態が『痛い』です。痛覚信号がONの状態です。痛覚刺激がない状態、即ち、痛覚信号がOFFの状態を表現した形容詞はありません。
脳内部に信号が存在していないと、その無の状態を表現する言葉も存在できない為です。言葉は、存在しているもの(ON)しか表現できません。存在していないもの(OFF)は表現できません。表現の対象が存在していない為です。
動物の感覚細胞は、それぞれ、ある特定の状況を検出しています。例えば、痛みや痒み、味覚などです。様々な状況を検出する為に、それぞれ特定の感覚細胞が存在しています。そして、こうれらが総合されて知覚された世界を作り出しています。
これらの感覚細胞で捉えられた信号は、脳に流入します。脳に流入した信号は、脳内の存在となりますから、その存在を言葉で表現することができます。たとえば、痛覚信号が脳に流入すれば、脳に痛覚が生じますから、その痛覚を表現した言葉『痛い』も存在することができます。
ところが、痛くない場合、痛覚刺激が発生しませんので、脳に信号が流入することもありません。脳に信号が存在しないので、存在しない状態を表現した言葉も存在できません。『痛い。』の反対語は存在していません。無理に表現しようとしたら、否定語との組み合わせで表現することになります。『痛くない。』と。
このように、信号のONとOFFを表現した形容詞は、信号が ON の状態を表現する言葉は存在していますが、反対に OFF の状態を表現する反対語は存在していません。信号が無い状態は、脳内の存在となり得ないので、存在しないものは言葉でも表現できないからです。
原始的形容詞の例 | |||
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感覚器官 | 信号がON | 信号がOFF | 備考 |
視覚(太陽) | まぶしい | まぶしくない | 太陽光のように光が耐え難い程に強い場合 |
触覚(痛覚) | 痛い | 痛くない | ケガをした場合 |
触覚(痒み) | 痒い | 痒くない | 虫にさされた場合等 |
味覚(甘味) | 甘い | 甘くない | 砂糖を食べた時 |
味覚(塩味) | 辛い | 辛くない | 塩をなめた時 |
味覚(酸味) | 酸っぱい | 酸っぱくない | 酢をなめた時 |
味覚(苦味) | 苦い | 苦くない | 渋柿や栗の渋皮を食べた時 |
味覚(旨味) | 旨い | 旨くない | 肉を食べた時 |
聴覚(騒音) | うるさい | うるさくない | 耐え難い騒音 |
人間の気分を表現した形容詞
これらの形容詞は、そこから派生して、気分を表現したい場合にも使われています。気分も基本的に、ON、OFF の感覚です。心の中に、そのような感情が生じているかどうかの問題です。
例えば、まとわりついてきて、イライラする場合、『うっとうしい』と表現します。或いは、『うるさい。』と表現する場合もあります。まとわりついてきて、気分的にイライラした状態です。逆に、イライラしていない場合は、信号OFF、即ち、ノーマル状態ですので、ノーマル状態を表現した言葉(反対語)は存在していません。精々、『うっとうしくない』と否定語との組み合わせで表現するしかありません。
ただ、気分を表現する形容詞の場合、自分の気分は当人にも正確に自覚できなくて、何となくぼんやりと感じているだけなので、トゲに刺されて『痛い』などのように、明確に意味を説明することは困難です。比喩的な微妙な言い回しで、微妙な気分の違いを表現しています。例えば、小言を言われたて不快な時に『耳に痛い』と表現します。確かに、針で突き刺されたように、耳が痛いので、決して間違ってはいませんが、実際に突き刺している訳ではないので、比喩的表現です。
気分を表現する形容詞 | |
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形容詞 | 説明 |
うっとうしい | 蚊やハエなどの虫に、まとわりつかれて、イライラする感覚です。 『鬱陶しい信号ON』の状態です。 『鬱陶しい信号OFF』の状態は、ノーマル状態なので、反対語は存在しません。 『鬱陶しくない』と否定語との組み合わせで表現する必要があります。 |
うるさい | うっとうしいと似ています。 聴覚刺激からの連想です。 例えば、耳に痛い小言を言われた時、『うるさい』と反発します。 『耳に痛い小言』がまとわりついてきて、鬱陶しいと感じている時に使います。 |
めんどくさい | やる気が湧かない状態です。 やらなければいけないけど、何となく気分が乗らない場合に使います。 『やらなければいけないこと』が纏わりついて離れないので、鬱陶しい気分になります。 『うっとうしい』と微妙に被っています。 |
うれしい | 大好きなお菓子を貰った時の気分です。 期待や欲望が満たされた時などに使います。期待が裏切られたたら、『うれしくない』と否定語とのセットで表現されます。 |
楽しい | 自分から進んで、積極的に行動する時の気分です。 やる事に苦痛を感じません。 |
悲しい | 大切なものを失った時に、悲しい気分になります。 苦痛と同じ負の感情です。 |
触りたい | 心の中に沸き起こった衝動や欲望を表現した言葉です。 厳密には、形容詞と呼び難いですが、心の中の感情を形容した言葉ですので、広義の意味で形容詞と呼んでもいいかもしれません。 『○○たい』『〇〇したい』が文法的表現形式です。衝動や欲望が存在しないOFFの状態は、信号が存在していませんから、反対語は存在しません。無理に表現したい場合、否定語と組み合わせで『触りたくない』と表現します。 |
耳に痛い | 比喩的な使い方です。 小言を言われた時の嫌な気分を表現します。 |
気が重い | 比喩的な使い方です。 進んで積極的やりたくない時に使います。いやいや作業をやっている時の気分です。 |
8.10.2 第二段階:反対語とセットで使われる形容詞
第二段階は、もう少し情報処理が進んだ形容詞です。信号のコントラストを言葉で表現しています。
『明るい。暗い。』のように、ある特定の感覚器官と結びついて、反対語とセットで使われる形容詞です。
第二段階の形容詞の特徴 | |
---|---|
No | 特徴 |
1 | 特定の感覚器官と結びついている。 |
2 | 反対語とのセットで運用される。 |
3 | 信号の加工(情報処理)が進んで、信号のコントラストを言葉の組みで表現しています。 |
例えば、『明るい。暗い。』と表現される形容詞です。この形容詞は、視覚と密接に結びついています。『明るい。暗い。』と、信号のコントラストの両端を表現する言葉の組みで表現されます。
コントラストの両端と形容詞 |
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信号のコントラストの両端を、夫々、形容詞と、その反対語で表現しています。 |
『明るい』と『暗い』の間は、連続的に変化します。『とても明るい。』とか、『少し明るい。』のように、副詞を付加することによって、信号強度の強弱を表現することができます。
通常、「物事を認識する。」と言った場合、この第二段階以降を意味しています。情報処理が進んで、信号のコントラストとして、もの事を分別、識別している状態をさしています。
信号のコントラストを表現した形容詞 | |||
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感覚器官 | 形容詞 | 反対語 | 備考 |
視覚 | あかるい | くらい | 視覚と結びついた形容詞 |
体感温度 | 暑い | 寒い | 気温などの体全体で感じる空気の体感温度です。 |
触覚温度 | 熱い | 冷たい | 触って感じる温度感覚です。 一般に、水や物の温度を表現しています。 『熱いお湯』とか、『冷たい氷』などの使い方をします。 |
色覚に関連した形容詞
視覚は、複雑な感覚器官です。この為、視覚や色覚に関する形容詞は少し複雑です。
色は、明暗のコントラストと、色彩のコントラストで構成されています。
明暗のコントラストは、「白い、黒い」です。反対語との組で使われます。
色彩のコントラストは、色覚の感覚細胞が複数あることから、複数の形容詞で表現されています。「赤い、青い、きいろい、」
古代の日本語では、色彩のコントラストは、「赤い、青い」のみでした。
色覚に関連した形容詞 | |
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コントラストの種類 | 例 |
明暗のコントラスト | 白い 黒い |
色彩のコントラスト | 赤い 青い |
8.10.3 第三段階:複数の感覚器官に跨って使用される形容詞
第三段階は、情報処理がかなり進んだ形容詞です。
この段階では、同じ形容詞が、複数の感覚器官に跨って使用されます。例えば、『高い。低い。』という形容詞です。視覚と結びついた場合、『高い山。低い山。』と使いますし、聴覚と結びついた場合、『高い音。低い音。』といった使い方をします。
なぜ、視覚と結びつくと『高い山』になり、聴覚と結びつくと『高い音』になるのか、その連想や比喩をうまく説明できませんが、感覚的にはピッタリ実感できます。説明できないけど、実感はできます。
比喩的に使う場合、運用が少し変則的になります。物の値段を表現する場合、『価格が高い。価格が安い。』と表現します。低価格の場合、『価格が低い』とは一般に使いません。(使う場合もありますが、使用頻度は高くありません。)
志(こころざし)を表す場合、『志が高い。志が低い。』と表現しますが、低い場合は単独ではあまり使われていません。高い場合は、誉め言葉として結構使われています。
第三段階の形容詞の特徴 | |
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No | 特徴 |
1 | 複数の感覚器官に跨って使用される。 |
2 | それ以外の性質は、第二段階と共通です。 |
複数の感覚器官に跨った形容詞 | |||
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感覚器官 | 形容詞 | 反対語 | 備考 |
視覚 | 高い山 | 低い山 | 視覚と結びついて使われます。 |
聴覚 | 高い音 | 低い音 | 聴覚と結びついて使われます |
視覚 | 大きいリンゴ | 小さいリンゴ | 視覚と結びついて使われます。 |
聴覚 | 大きい音 | 小さい音 | 聴覚と結びついて使われます |
8.10.4 第四段階:高度に抽象化された形容詞
第四段階は、さらに情報処理が進んで、感覚器官との結びつきが失われた形容詞です。高度に抽象化されています。
例えば、『いい。わるい。』のように、情報処理が進んで、もはや、感覚器官との結びつきが失われています。
色々な要素を考慮した総合判断なので、その判断基準を明確にすることは、結構困難です。何がいいのか、何がわるいのかは、立場、見る方向によって変わってしまうので、判っているようで、論争したら訳が分からなくなってしまう形容詞です。
しかし、反対語とのセットで運用される形容詞の性質は同じです。
第四段階の形容詞の特徴 | |
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No | 特徴 |
1 | 感覚器官との結びつきが失われる。 |
2 | それ以外の性質は、第二段階と共通です。 |
感覚器官との結びつきが失われた形容詞 | |||
---|---|---|---|
感覚器官 | 形容詞 | 反対語 | 備考 |
ー | いい | わるい | 総合判断なので、判断基準は曖昧です。 |
ー | 重い | 軽い | 重量に関する判断です。 手で持ち上げた時の感覚なので、感覚器官との直接の関係が曖昧です。 |
ー | きれい | 汚い | 視覚と触覚が混じった総合判断です。 綺麗な花には手を差し伸べ、萎れた汚い花からは目を背けます。 |
8.10.5 まとめ
感覚器官からのONOFF信号は、情報処理が進むと、信号のコントラストとして認識されるようになります。
この信号のコントラストを、形容詞を使って表現した場合、コントラストの両端を表現した言葉の組みとして表現されます。即ち、『明るい。暗い。』や、『いい。わるい。』のように、言葉とその反対語のセットで運用されています。
我々が『もの事を認識する。』と言った場合、通常は、情報処理が進んで、信号のコントラストとして認識している段階を意味しています。
第一段階の信号が『ON、OFF』の段階は、まだ、知覚されている状態で、『認識している。』とは言い難い状態です。認識論ではなくて、知覚論の対象領域です。
注)以上の区分は原則的な分類です。人間は、臨機応変に、比喩的に言葉を使いますから、原則に当てはまらない用法も結構あります。