2019/05/30 うつせみ

時空認識が可能な自己保存系のモデルを構築します。
『未来のそこ』の状況を主体化します。

これによって、『時間、空間、物質』という物理学で使っている認識の形式の生物学的意味を理解します。時間と空間が相対性を持つことを説明します。
『存在と無』などの形而上学の問題も論じます。

8.7.1 自己と物と空間

自己保存系にとって、『物と空間』は、自己の生きること(自己保存)と密接に結びついています。その生きること(自己保存)との接点によって理解されています。

『物』は、『自己の存在を否定するもの。』或いは、『自己の存在と競合して排他し合うもの。』という意味を持っています。
物理学的には、排他律が成り立っている対象です。

反対に、『空間』とは、『自己の存在を否定しないもの。』、『自己の存在と競合しないもの。』という意味を持っています。
物理学的には、排他律が成り立っていない対象です。互いに、存在(?)が邪魔されることはありません。だから、自由に動き回ることができます。

その意味を、あなた自身の体で理解したいなら、話は簡単です。ハイデッガーのような『存在と無』に関する難解な哲学的思索など必要ありません。

目をつぶって、壁に向かって歩いてみて下さい。たったそれだけです。これだけで、哲学者を悩ませてきた形而上学の問題が解決します。

自己と空間と壁(物)
自己と物と空間
全ての哲学的問いは、最終的には、『生きる。』こととの接点を求めています。
』は、『自己の存在を否定するもの。』です。
自己の存在と競合します。
空間』は、反対に、『自己の存在を否定しないもの。』です。
だから、空間内は、自己と競合しないので、自由に動き回ることができます。
壁と空間は、『生きる。』こととの接点において、そのような意味を持っています。

最初の数歩は、何の問題もなく歩けると思います。あなたの行動は、疎外されません。あなたの存在と行動が脅かされることはありません。

ところが、壁に突き当たると、。。。。。あなたの行動は疎外されます。頭をぶつけて、ケガをするかもしれません。勢い余って、壁に激突して、死ぬかもしれません。
そこ(壁)で、自己の存在が否定されます。自己の存在と激しく対立します。対立と否定が生じてしまいます。自己の生きる事と、即ち、自己保存との競合が露わになってしまいます。そこで排他律が露わになってしまいます。

生物の『生きる。』という行為との接点において、絶対無の空間』とは、『自己の存在を否定しないもの。』。『』とは、反対に、『自己の存在を否定するもの。激しく対立するもの。』という意味を持っています。
この『生きる。』という行為(自己保存)との接点で、『物と無の空間』が理解されています。

物と空間の生きる意味

自己の存在を否定するもの。
自己の存在と対立するもの。排他律が成り立つ。
空間自己の存在を否定しないもの。
自己の存在と対立しないもの。排他律が成り立っていない。

哲学的には、『』とは、『自己の存在と対立するものが無い状態』、即ち、人々が『空間』と呼んでいるものを意味しています。『空間』は、『(自己の存在を否定するもの)』との対立概念として定義されています。『存在する物が無い状態。』『自己の存在と排他し合うものがない状態』を意味しています。
『無』とか『空間』は、『何も無い』という意味ではありません。『排他し合うものが無い』という意味です。『排他し合うものが無いので、自己の存在が否定されることもない』という意味です。

存在』とは、『物が存在している状態』を意味しています。そして、その『』は、自己の存在と激しく対立し、場合によって、壁のように自己を否定するものとして、自己の存在に大きな影響を与えます。

これが、『物と空間』、あるいは、『存在と無』の哲学的意味です。全ての哲学的問いは、最終的には、人間の『生きる。』こととの接点を求めています。
ちなみに、『生きる』を科学用語では、『自己保存』と呼んでいます。生きている主体や現象を、『自己保存系』と呼んでいます。

全ての哲学的問いは、最終的には、人間の『生きる。』こととの接点を求めています。
この生きることとの接点を求める行為を、今西錦司は『状況の主体化』と呼んでいます。

『状況の主体化』は、情報の客観化では無くて、主観化です。『自己にとって』という明確な基準があります。自己にとって都合が良いか悪いかだけが問われます。言葉は悪いですが、要は自己中の世界です。自己の存在にとって、「空間は、自己が否定されないから、都合がいい。壁や物は、自己の存在を否定するから、都合が悪い。」という意味です。このような自己中的情報処理を『状況の主体化』と呼んでいます。

以下では、このことを制御システムのモデルを使って説明します。

8.7.2 時空認識を持った制御システムのモデル

時間、空間、物質』という認識の形式が、我々人間という動物の『生きる行為(自己保存)』と、どのように結びついているのか、その生きる行為との接点を明確にさせます。

例として、地面と一定の高度を保って飛ぶ飛行体、例えは、鳥とか、飛行機を例にとります。
この飛行体のスペックは、下記のように仮定します。地面からの高度(対地高度)を60mに維持して、地面に激突しないで飛び続ける自己保存系を例に取ります。

飛行体のスペック

項目説明
目的一定の高度を保って、地面と衝突しないように飛ぶこと。
制御目標値対地高度を 60m に保つこと。
状況の主体化関数テンション = 絶対値(対地高度 - 制御目標値)
速度秒速 100m/s (時速 360Km/h)

注)状況の主体化関数は、実際には、指数関数的性質を持っている必要があると思いますが、ここでは、単純化の為に、「目標値との差」と定義しています。

飛行体の制御
飛行体の制御
対地高度60mを維持しながら、地面に激突しないように飛行する自己保存系の例です。
そこには、現在から未来に向かって、状況を主体化した時空連続体が形成されます。
この時空連続体が、我々動物の地形認識の正体です。
それは、自己の生きる事(自己保存)と密接に結びついています。

先ほどのクラゲの例では、『今のここ』の状況を主体化しました。この飛行体の例では、『未来のそこ』の状況を主体化してみます。

『今のここ』を主体化

まず、話の順番として、『今のここ』の状況を主体化します。
今のここ』の状態は、対地高度60m ですから、テンションは、ゼロです。行動方向を変更することなく、今の状態を保てば充分です。

『今のここ』を主体化
今のここのテンション = 絶対値(現在の高度 - 制御目標 ) = 60 - 60 = 0

しかし、問題はそこではありません。もし、仮に、今のここの状態を主体化したとして、自己保存にとって悲惨な状態だった場合、いまさら間に合いません。今回は、たまたま、最適な状態でしたから、問題ありませんでしたが、このような幸運がいつまでも続くとは限りません。

そこで、安全に飛行する為には、未来を予想して、前もって制御する必要があります。
今のここ』の状況を主体化して対応しても、遅すぎます。

『未来のそこ(100m先)』を主体化

今度は、『未来のそこ』の状況を主体化してみます。例として、100m先の状況を主体化してみます。

ここで、哲学的に厄介な問題に直面してしまいます。この飛行体にとって、100m先の状況を主体化することは、同時に、自分の1秒後の未来を主体化することと同じになってしまうからです。この飛行体は、秒速 100m で飛行していると仮定しています。従って、1秒後には、100m先に到達してしまいます。

この自己保存系にとって、100m先の状況を主体化する行為は、同時に、1秒後の未来を主体化する行為と同じ意味になります。
このモデルでは、まだ、時間と空間の概念が未分化です。分化する前の存在、即ち、時+空=時空融合物になっています。

ここでは、取りあえず、時間と空間は区別しません。同時に、同じ意味をもった未分化な概念、即ち、時空融合物として、そのまま処理します。100m先と、1秒後の未来は、同じ意味と理解します。『未来のそこ』を指定するのに、『100m先』という言葉を使うか、『1秒後の未来』という言葉を使うか、迷ってしまいます。言語の制約上、どちらかの単位を使用して話を進めなければいけないので、必要なら、適時、読み替えて下さい。

このシステムでは、遠い未来は、同時に、遠い場所を意味しています。時間と空間が未分化だからです。アインシュタインが主張した時間と空間の相対性の生物学的意味も、この辺りに解決のヒントがありそうです。

1秒後の100m先』の状況を主体化してみます。表現が回りくどいですね。地面が競り上がってきているので、このまま飛び続けると、対地高度は、50m なります。

『1秒後の100m先』の状況を主体化
100m先のテンション = 絶対値(100m先の予測高度 - 制御目標 ) = abs(50 - 60) = 10

テンションが発生するので、何らかの行動が必要です。どのように行動するか、その行動原理は、クラゲの場合と同じです。探究反射で行動方向を決めれば、制御は可能です。

クラゲの場合は、『今のここ』の状況を主体化して行動しましたが、飛行体の場合は、『未来のそこ』の状況を主体化して、『今のここ』の行動を制御している点だけが異なります。
この場合は、上向きに高度を上げる必要があります。

『未来のそこ(200m先)』を主体化

200m先を主体化します。時間単位では、2秒後の未来の状況の主体化です。200m先と、2秒後の未来は、このシステムにとって、同じ意味です。
このまま飛行したら、200m先(2秒後)には、対地高度が 40mになります。従って、状況を主体化すれば、下記のようになります。ますます、テンションの値が大きくなったので、早急な対応が必要です。でも、時間的余裕は、100mの時よりはあります。

『2秒後の200m先』の状況を主体化
200m先のテンション = 絶対値(200m先の予測高度 - 制御目標 ) = abs(40 - 60) = 20

『未来のそこ(300m先)』を主体化

同様に、300m先の状況を主体化してみます。山に激突します。

ここで困った問題に直面します。300m先、つまり、3秒後には、対地高度がゼロになって、山に激突してしまいます。この飛行体は壊れてしまいます。自己保存を目指している筈なのに、その肝心の自己の存在が否定されてしまいます。

このシステムにとって、『主体化された山』とは、自己の存在を否定するものです。『壁、物』という存在は、自己の存在と激しく競合するものです。最悪の場合、自己の存在を否定します。これは、自己保存系にとって、由々しき問題です。

以上の制御方針を、クラゲと対比して表に纏めると、下記のようになります。

主体化と制御方針

システム主体化対象制御方針
クラゲ今のここ』の状況を主体化。今の行動を制御。
飛行体未来のそこ』の状況を主体化。今の行動を制御。

両システムとも、今を制御している現実は変わりません。しかし、主体化している対象は異なっています。クラゲは、『今のここ』の状況を主体化していますが、飛行体は、『未来のそこ』の状況を主体化して、今を制御しています。

8.7.3 時空連続体

このような『未来のそこ』の状況の主体化を、目の前から、遠方に向かって、連続に行ったらどうなるでしょうか。(上の絵では、3点のみでしたが。)

自己の存在と結びついた一次元の連続体が形成されます。即ち、状況を主体化した一次元赤いの点線となります。この赤いの点線の各点の値は、夫々、自己の生存と密接に結びついた値となります。

300mより手前では、テンションは増加しますが、自己は保存されます。しかし、300mより先では、自己の存在が否定されます。山に激突して、壊れてしまいます。

この連続体の特徴は、近い位置は同時に近い未来を表し、遠い位置は同時に遠い未来を表していることです。まだ、時間と空間は未分化です。分別されておらす、融合物になっています。

時空連続体は、近い位置は同時に近い未来を表し、遠い位置は同時に遠い未来を表しています。まだ、時間と空間は未分化です。

この連続体は、うまく、主体化関数を工夫すれば、丁度、現実の地形と相同な関係になります。ここでは、実際に制御する訳ではなくて、定性的な話をするだけなので、主体化関数は単純化しました。従って、激突した後、即ち、300mよりの先の状況は、うまく、主体化できていませんが、うまく、最適されれば、上の『飛行隊の制御』の絵で、赤い点線で示した線に近いイメージになります。即ち、我々認識している地形のイメージです。

この連続体は、まだ、時間と空間が未分化です。遠い位置は、同時に、遠い未来を意味しています。その為、この連続体を、ここでは、時間と空間の融合物という意味合いで、『時空連続体』と呼んでいます。

このような現在から未来に向かうテンションの連続体が、我々人間が、『時空』と呼んでいるものの正体のようです。

なお、主体化の分解能は、目を構成している神経細胞の数が大きく関与します。昆虫の複眼の場合、目を構成する視覚細胞の数が多い方が、たくさん、空間情報の収集が可能になりますから、近くから、より遠くまでを処理できます。

極端な話、視覚細胞が1個だけだったら、『今のここ』しか主体化できませんから、クラゲのような生活しか送ることができませんが、ハエやトンボのように、数千から数万の視覚細胞(複眼)で構成されていると、高速に飛び回ることが可能となります。障害物に激突しないように、予測制御が可能になっています。

8.7.4 時間と空間が分化した自己保存系のモデル

時間と空間が分化した制御システムのモデルは、まだ、完成していません。このモデルに、どのような新しい概念(生きる事)を追加すれば、それが可能になるか、まだ、目途が全く立っていません。

『時間と空間を分離することが、生きる事と、どのように結びつくのか。』、その生きる事との接点が、全く判りません。この動物の生き様と、何処かで、何らかの関連があるとは思うのですが、その『生き様との接点』が判りません。

従って、具体的にロボット制御に応用するのは、まだまだ、先の話です。解決すべき問題が山積みです。しかも、目途が立っていない。

当分の間は、哲学とか、生物学、心理学、脳科学などの基礎的分野で使うのが、やっとです。