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.2 数学という学問について


   数学は、思考形式学です。
   ここでは、思考部品のISO規格化を目指します。

   数学は、人間という動物が持っている思考形式を、一般化、記号化した学問です。

   現代の数学は、二つの顔を持っています。ひとつは、算術としての側面です。もうひとつは、思考形式学としての側面です。

   自分が一連の作業を行うにあたって、一番悩まされたのは、世の中の多くの理論が、現実と数学を区別できていないことでした。

   当人の向き合っている現実と、その現実を表現し、理解する為に使っている数学が、区別されていなくて、それが、数学的形式が作り出している先入観なのか、向き合っている現実なのかを識別するのに、非常に多くの時間を費やしてしまいました。この2つが、混然一体となって、グチャグチャになっていたのです。

   そこで、ここでは、この数学を整理して、規格化し、思考作業を合理化したいと思います。

   即ち、数学を思考形式学として整備し直して、その規格化された思考部品を使って、様々な分野の理論を記述して行きたいと思います。向き合っている現実と、それを理解する為に使っている思考形式を、出来るだけ、分離したいと思います。


   数学の最初の目的は、数を計算することでした。足し算や引き算、掛け算や割り算、微積分などがその代表です。従って、多くの場合、現代でも、『かず』を数える学問、即ち、算術(数の学門=数学)だと理解されています。

   ところが、現代の数学は、それ以外に、集合論や、記号論理学、写像論に代表されるように、数を直接扱わないテーマも扱っています。これらは、我々人間という動物が持っている思考パタンを、紙の上に記号化したものです。

   本来、数学という学問は、我々人間という動物の持っている思考形式を、紙の上に記号化した学問であると考えられます。なぜなら、算術も、そのような我々の持っている思考形式のひとつに過ぎないからです。

   もし、数学体系が、この様な思考形式学として完成されるなら、全ての分野の理論は、この数学という共通の思考部品を使って記述することが可能となります。

   そして、ここにはじめて、学問的レベルでの産業革命が成立します。現代は、まだ研究室という名の徒弟制度のもとで、個人の勘と経験に頼って理論が作り出されているマニュファクチュアの時代です。今求められているのは、思考部品のISO規格化です。


   現代数学を支えている4つの基本概念 『数、群、集合、写像』

   現代の数学は、数、群、集合、写像の4つの基本概念によって構成されていると考えらています。

   

   は、1,2,3,4... 等の数です。

   この数という概念は、宇宙の真理ではなくて、我々人間という動物の認識の形式に依存しています。我々人間という動物は、現象を2つの概念間の相互作用として理解していると述べましたが、この認識の形式が、即ち、数の出発点です。この両端が、即ち、一個、2個の認識の基となっています。

   数は、演算規則との関係で存在しています。『足し算、引き算』の計算規則からは、『整数』という数のグループが定義されます。『掛け算、割り算』からは、『少数』が定義されます。2次方程式を解く為には、『無理数』とか、『虚数』といった数の世界が広がります。
   2次元以上の空間を表現する為には、ベクトルという数の概念が導入されています。この空間の計算規則として、マトリクス演算などがあります。
   新しい演算規則が開発される毎に、新しい数の概念が広がっていきます。数は、あくまでも、人間という動物の『計算する。』という行為と結びついた存在に過ぎません。宇宙の真理とは、全く関係ありません。

   不思議なのは、『数直線の連続性』の証明です。紐と数直線の類似性から、或いは、微積分の正統性を主張する根拠として拘っているのだと思いますが、本来、『数』という概念と『連続』という概念は無関係です。『連続』という概念は、どのような演算規則と関りを持っているのでしょうか?。微積分の為に必要なら、それが『連続』の数学的根拠に過ぎません。

   整数だって、定義の範囲内では連続です。『1』の次は『2』です。『1』の次が『3』で、途中の『2』が欠落して、不連続になっている訳ではありません。『1』と『2』の間に、『1.1』や、『1.2』なる数が存在している事に気が付くのは、新しい演算を定義した時です。つまり、掛け算、割り算を始めた時です。数の世界が広がった時に、始めて、昔の数の世界が不完全だったことに気が付きます。

   このような、本来、証明出来ないものを、証明出来たと錯覚している背景には、世の常として、トートロジーが隠れています。『数直線の連続性』の証明は、トートロジーの可能性が極めて大です。証明過程のどこかに、『連続』の同義語が使われていると思われます。例えば、『切断する。』という概念は、『連続』を前提とした概念です。「切断できるから、連続だ。」と言う主張は、トートロジーです。演算行為とは関係がありません。

「我こそは。」と思われる方は、ぜひ、挑戦してみて下さい。ポイントは、次の3点です。
  1. 数は演算行為によって、その存在が定義されている。
  2. 『連続』なる概念は、どのような演算行為によって定義されているのか?
  3. 証明過程に、演算と関係のない概念が使われていないか?


   

   は、足し算や掛け算などの計算規則を一般化した概念です。

   数学の分野では、『所変われば品変わる』で、色々な計算規則が現れますが、しかし、その計算規則の記述形式上の性質は、非常に似ており、それらを、総称して群と呼んでいます。計算規則の思考形式は、同じであり、その計算規則そのものを、一般化、形式化したものが『群』です。

   集合

   集合は、共通の性質を持ったものの集まりを論じる学問です。

   数を数える学問とは少し毛色が異なっています。集合の考え方は、学校で教えられる集合論と、数学者たちが普段使っているそれとでは、大きく異なっています。

   学校の教科書を読み返すと、目からウロコ、その新鮮さに驚かされてしまします。「集合って、そういう意味だったの?」と。余りにも、意外な説明に、心が少しの間、止まってしまいました。
   教科書では、まず、現実世界が存在して、その現実世界を分類する手法として、集合論が教えられます。例えは、赤い服を着た人の集まりとか、帽子を被った人の集まりと言った分類手法です。

   ところが、数学者たちは、逆に、これから行なわれる数学的思考の土台、即ち、架空の思考空間を定義する手法として集合を使っています。即ち、『世界創造』の手段として、集合を使っています。まず、最初に集合を定義して、これから行う数学的思考は、この集合内で行われることを宣言しています。

   現実世界を分類する為に使うか、思考作業の為の前提条件となる数学的架空世界を定義する為に使うか、ターゲットになっている世界の捉え方が、正反対になっています。
   教科書の集合論では、世界は既に存在していることを前提としていますが、数学者の集合論は、これから世界(思考空間)を作る為に、集合を利用しています。

   ここでは、時として、集合を、数学者と同じように、これから行なわれる思考作業の世界と範囲を定義する為の手法として、即ち、現実を分類する為の手法としてではなくて、思考空間や架空世界を定義する為の手段として、使っていきますので注意して下さい。

教科書の集合論 世界は、既に、存在している。
現実世界を共通の性質に基づいて分類する手法
数学者の集合論 これから、世界を作ります。
何もないところに、数学的思考空間を定義する手法
又は、思考範囲を限定する為の手法。


   写像

   写像は、関数を一般化した概念です。
   ふたつの集合間の対応関係を論じます。例えは、集合Xを、集合Yに投影する関数は、下記のように記述されます。

 記述例1:   y = f (x)
 記述例2:   f : x -> y


   関数記号『f』は、いわゆる人間の『投影する』とか『対応させる』という行為に対応しています。関数(写像)は、哲学的には、人間の『行為』を一般化、抽象化した概念とみなしても差し支えありません。

 関数(写像)の哲学的定義:  人間の行為を一般化、抽象化した概念。



   理論を作るときに、必要になる思考形式の種類と数は?

   一般に、理論を作る場合は、集合と写像の概念を使えば、定性的理論の記述が可能となります。物事を定量的に論じる場合は、数と計算が必要になりますので、さらに、数と群の概念も必要になります。

 定性的レベルの理論:  集合+写像
 定量的レベルの理論:  集合+写像+数+群


   自分は、数学が思考形式学として機能する為には、数、群、集合、写像の4つの思考形式だけでは、不充分だと考えています。これ以外に、人間という動物は、相互作用の思考形式も多用しています。従って、相互作用の思考形式も数学に付加する必要があると考えられます。

   我々人間という動物は、物事を、物と物の対立、又は、相互作用として理解しています。この思考形式は、平凡な日常生活から、哲学、物理学に至るまで、広く使われています。

   その一般的、表現形式は下図のように、なっています。物と物との相互作用(関係)として表現されます。



   世俗的な例として、男と女の関係があります。人間は、男と女の関係を、恋愛関係(恋愛相互作用)として理解しています。男と女は、引き合い、男同士、女同士は、反発し合います。もちろん、人間なので、多少の例外(?)はありますが。



   この関係は、丁度、その相互作用の形式的性質が、磁石や、電荷と同じなので、しばしば、男と女の関係は、磁石に例えられます。

   プラスとマイナスは引き合い、プラス同士、マイナス同士は、反発しあいます。男と女の関係が、磁石に例えられるのは、物理現象としては全く異質であるにも関わらず、それを理解する為の相互作用の思考形式の性質が、非常に、良く似ているからです。



   現代の哲学者は、認識論を、主観と客観の対立として理解しています。やっぱり、相互作用の思考形式を使って理解しています。



   当人は、真理を探究しているつもりかもしれませんが、現実は、ただ単に、宿命の手のひらの上で踊っているだけです。この動物が持っている習性(相互作用の思考形式)に、無自覚に振り回されています。哲学者は、動物の性(さが)に、翻弄され過ぎです。




   アインシュタインの相対論は、重力現象を、物質と重力場の重力相互作用として記述しています。このような物と場との相互作用として記述された理論を、物理学では、一般に、場の理論と呼んでいます。



   今西錦司は、生物進化の現象を、種と生活の場の相互作用と理解していました。当人には自覚はありませんでしたが、物理学同様、場の理論の発想が使われていました。哲学的には、今西の方が、物理学者よりも、場の理論としては、優れていました。

   ちなみに、今西の主張する『棲み分け理論』は、物理学の排他律の問題と同一でした。生活の場でも、排他律が成り立っているらしいことは、非常に、興味深いことでした。



   相互作用の思考形式は、このように、現象を記述する為には必須です。現代の数学者の方々が、幾何学(空間)と呼んでいるものを、一般化、抽象化した概念です。従って、空間という概念を無視して、厳密な論理を展開した場合、位相幾何学と内容が重複する場合も結構あります。

   たとえば、地図の4色問題や、それを3次元に拡張したシャボン玉の5色問題(注2)とでも呼ぶべき問題も論ずることが可能です。そして、それらが、全て、物理学者が呼んでいる排他律、即ち、排他性原理の問題と同一であることが理解できます。

   別の表現を使えは、ユークリッド幾何学でもない、非ユークリッド幾何学でもない、位相幾何学でもない、空間という概念を使わない全く新しい発想の幾何学体系を、この相互作用の思考形式を使って構築可能です。
   数学的には、相互作用の思考形式は、幾何学の概念を一般化、抽象化したものです。従って、位相幾何学と被る部分が結構あります。

   この主張は、数学者の方々にとっては、受け入れがたい主張だと思います。なぜなら、幾何学とは、空間の性質を研究する学問だからです。この新しい幾何学体系は、その空間という概念を使わないで、幾何学体系を構築するので、根底から、その前提を覆してしまいます。

 相互作用の思考形式  数学者が幾何学と呼んでいるものを、
一般化、抽象化した概念
 新しい幾何学の定義  相互作用の思考形式を論理的に展開したもの。
 注)空間という概念は、その特殊な例である。

   このような空間という概念を使わない幾何学体系が必要になるのは、物理現象を、『時間、空間、物質』という概念を使わないで記述していく必要がある為です。

   現代の物理学者は、物理現象を、『時間、空間、物質』という概念を使って記述しています。そして、それらは、物理的実在物だと思っています。我々の存在しているこの宇宙は、『時間、空間、物質』という実在物で構成されていると思っています。

   ところが、それらは実在物ではありません。『時間、空間、物質』は存在する実体ではありません。我々の存在しているこの宇宙や、その現象は、『時間、空間、物質』という実在物によって構成されている訳ではありません。

   我々は生きる為に、外界を知覚しなければいけませんが、『時間、空間、物質』という形式は、その現象の認識された形式です。現象の構成形式でありません。このような形式を使って、現象を認識しているに過ぎません。それは、脳が持っている情報処理の形式です。

   現象の真の姿は不可知です。外界を知覚した瞬間に、それは、パルス信号に変換されています。脳に流入しているのは、感覚器官で発生した電気信号です。つまり、我々は、知覚された範囲内においてしか、物事を理解することができません。この認識の形式は、生物進化の過程で獲得されたものです。従って、それは、動物の生きるという行為とのみ結びついて、最適化されています。

   日常生活の範囲なら、感じたまま行動しても、それで、不都合を感じることはありません。実際、眼で見えるコップを、何の疑いもなく、手で確実に掴むことが出来ます。動物進化5億年の実績によって、最適化されているからです。

   この為、今までの物理学だったら、素朴な唯物論を使って、日常の物理現象を記述しても、問題になることはありません。『時間、空間、物質』を、実在物だと見なしても差支えありません。

   ところが、現代物理学のように、平凡な日常から大きく乖離した物理現象を扱おうとした場合、多くの不具合が生じてしまいます。その日常生活の最適性の範囲を超えてしまうからです。

   原子よりも、遥かに小さな素粒子の世界とか、太陽系よりも遥かに広大な銀河系とか、その銀河の集団で構成された宇宙全体とかは、今までの動物進化5億年の中では経験してこなかった世界です。従って、最適化もされていません。だから、日常世界を延長して、理解しようとすると、多くの不具合に突き当たってしまいます。

   その不具合を回避する為に、様々なテクニックが導入されてきました。ちょうど、天動説末期に、惑星の不可解な動きを理解する為に、周転円のテクニックを導入したように、相対論は時間と空間の相対性を主張しますし、量子力学は物質と波の二重性といったテクニックを導入しています。

   もし、これ以上、物理学を発展させようとしたら、生物の宿命を乗り越えていく必要があります。自らの宿命と性に向き合い、空間という概念を使わない幾何学体系を構築し、それを使って物理現象を記述していく必要があります。

   相互作用の思考形式を使えば、そのような空間という概念を使わない幾何学体系と、新しい物理学が展開可能です。現在、その基礎となる思考モデルを準備中です。

   あ、その前に、大切な事があります。
   不用意に、『時間、空間、物質』の否定された状態は、想像しないで下さい。死の恐怖の虜になります。

   現代哲学のレベルでは、このストレスには耐えれません。これに耐える為には、空の哲学が必要です。

数学の定義 数学は思考形式学である。
人間が持っている思考パタンを、記号化、整理したものである。
従って、もし、これが完備されたら、全ての理論は、この共通部品を使って記述可能になる。
即ち、思考部品の規格化と共通化が可能になる。
(思考部品のISO規格化) 


   理論を作るときに、必要になる思考形式のまとめ

   理論を構築するのに、必要な思考形式(思考部品)は、纏めると下図のようになります。定性的レベルだと、集合相互作用写像の3つが必要です。定量的レベルだと、数量を計算する必要があるので、さらに2つ追加して、も必要です。


   ここで述べる理論は、全て、定性的レベルであって、定量的レベルには達していません。従って、使用する思考形式は、『集合+相互作用+写像』の3種のみです。

   できるだけ、論じようとしている現実と、その現実を理解する為に使用している思考形式を分離したいと思います。そのように、心がけて、論理を展開していきたいと思います。


理論を作るという行為の数学的表現

   なお、哲学的話になってしまって、現代の限界を超えてしまいますが、『自然科学の理論』とは、つまり、『自然科学の理論を作る』という人間の行為は、物理現象の数学的形式への投影であると理解されます。集合と写像(関数)の思考形式を使って表現すれば、次のように記述されます。

 理論を作るという行為の関数表現  理論:現実 --> 数学的形式 へ投影
 又は   数学的形式 = 理論(現実)
 又は  y = f (x)
  y:数学的思考形式
x:現実(物理現象)
f:理論(投影するという人間の行為)


   物理学の場合は、大雑把には、物理現象の幾何学体系への投影であると理解されます。実際の認識論は、もう少し複雑になりますが。

 理論を作る行為

 
 物理学理論を作るという人間の行為は、形式的には、物理現象を数学的形式へ投影する行為を意味しています。

   ニュートン力学は、物の運動を、ユークリッド幾何学に投影したものです。

ニュートン力学の思考形式


 ニュートン力学は、物理現象のユークリッド幾何学への投影です。

アインシュタインの相対論は、非ユークリッド幾何学に投影したものです。

 アインシュタインの相対論の思考形式


 アインシュタインの相対論は、物理現象の非ユークリッド幾何学への投影です。

   これ以上、物理学を発展させる為には、日常への拘りを捨て、物理現象を、空間という概念を使わない、全く新しい発想の幾何学に投影する必要があります。その発想のヒントは、相互作用の思考形式にあります。相互作用の思考形式を使えば、『空間』という概念を使わない新しい幾何学体系の構築が可能です。扱える問題は、位相幾何学と重複する部分が結構あります。

 新しい物理学の思考形式


現代の物理学が突き当たっている壁を乗り越える為には、『空間』という概念を使わない新しい発想の幾何学体系に投影する必要があります。

   なお、このようにして作成した物理学理論は、このままでは、人間には理解できませんから、これを人間の理解できる形式に翻訳する必要があります。平たく言えば、全く新しい発想の認識論の枠組みが必要となります。

 理論と認識の新しい枠組み


事象は、物理現象界と数学的形式、意識知覚された世界の3つより構成されます。
理論を作る行為は、物理現象の数学的形式への投影です。
物理現象界を認識した結果、意識知覚された世界が作り出されています。
数学的形式と意識知覚された世界が大きく異なっている場合、
数学的形式から意識知覚された世界への翻訳作業が必要になります。

注)現代物理学において、このような枠組みが必要ないのは、意識知覚された世界と数学的形式の構造が一対一の対応関係にある為です。

   意識知覚された世界は、『自己、時間、空間、物質』の4つの要素から構成されます。
   これらは、価値観としての構造を持っています。それ故、相対性を持っています。例えば、時間と空間の相対性のように。相対論が主張するように、時間と空間が相対性を持つのは、これらが、価値観を構成している為です。

 意識知覚された世界の構造

意識知覚している世界(情報処理の形式)は、
『自己、時間、空間、物質』の4つの要素から構成されます。
自己は、幾何学的には、座標原点を意味します。

この構成形式は、犬などの脊椎動物と基本的に共通です。
それゆえ、人間と犬の間で共通のゲーム(鬼ごっこ)が成り立ちます。

   各種物理学理論と投影している幾何学体系の関係を一覧表に纏めます。

ニュートン力学  : ものの運動 --> ユークリッド幾何学 へ投影
アインシュタインの相対論 : ものの運動 --> 非ユークリッド幾何学 へ投影
新しい物理学 : 物理現象 --> 空間という概念を使わない新しい幾何学体系へ投影
理論の写像構造 幾何学 = 物理学理論(物理現象)
y = f (x)


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